― 銀行員になって初めて知った“経営者の孤独”
二日市支店で渉外担当となり、私は毎日、地域の中小企業を回っていた。
朝から晩まで数字に追われる日々だった。
定期預金、融資、住宅ローン、新規開拓――。
当時の銀行営業は、とにかく「結果」が求められた。
だが、現場を回るうちに、私は少しずつ別のものを見るようになっていった。
それは、「社長」という仕事の重さだった。
渉外活動の本番は、実は夕方以降だった。
昼間、社長は現場に出ていることが多い。
取引先回りをしていたり、工場を見ていたり、営業に出ていたりする。
だから、本当の意味で話ができるのは、夕方、会社へ戻ってきてからだった。
私は夜遅くまで、多くの社長と話をした。
最初の頃は緊張していた。
まだ若かった私は、「銀行員」という肩書だけで相手にしてもらっているようなものだった。
だが、通い続けるうちに、少しずつ社長たちが本音を話してくれるようになった。
資金繰りの悩み。
従業員の給料。
銀行返済。
手形決済。
取引先との問題。
家族のこと。
会社経営というのは、想像以上に重い仕事だった。
若い頃の私は、「社長」という存在に、どこか華やかなイメージを持っていた。
だが現実は違った。
社長ほど孤独な仕事はない――。
それが、現場で私が最初に感じたことだった。
社員には不安を見せられない。
家族にも本音を言えない。
最後は、自分一人で決断しなければならない。
中小企業は、良くも悪くも「社長の会社」である。
社長が元気なら会社も前向きになる。
社長が迷えば、会社全体が重くなる。
私は、そんな場面を何度も見てきた。
特に印象に残っているのは、資金繰りに追われながらも、「従業員だけは守りたい」と話す社長たちだった。
自分は苦しくても、社員の給料だけは何とか払いたい。
その言葉を聞くたびに、私は経営者という仕事の責任の重さを感じていた。
また、この頃から私は、「数字だけでは会社は分からない」と思うようになった。
決算書が良くても、社内の空気が悪い会社もある。
逆に、数字は厳しくても、勢いのある会社もある。
社長の考え方。
社員の表情。
工場の整理整頓。
電話対応。
そうしたところに、会社の本当の姿が現れる。
私は次第に、「数字を見る銀行員」から、「会社を見る銀行員」へ変わっていったのかもしれない。
もちろん当時の私は、まだ若かった。
知識も経験も足りない。
それでも、毎日社長たちと接する中で、少しずつ分かってきたことがあった。
経営者は、強い人なのではない。
「強くあろうとしている人」なのだ。
だから孤独なのだと思う。
いま、私は事業承継の仕事をしている。
社長たちと向き合い、会社の未来について一緒に考えている。
なぜそこまで、この仕事にこだわるのか。
その原点は、若い銀行員時代に見た、社長たちの背中にある。
夜遅くまで会社に残り、苦しみながらも会社を守ろうとしていた姿。
誰にも弱音を吐かず、最後は一人で決断していた姿。
私はあの頃、知らないうちに、「社長の覚悟」というものを学んでいたのかもしれない。
第9回 社長という仕事
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